サイベリアンおあずかり日記

訳あってサイベリアンの子猫を10日間お預かりすることになりました。娘は猫アレルギー。

わからなかった気持ち

「1108番の方お入りください」

丸椅子に座っている3人のうちの一人が移殖の部屋へ入っていった。

このクリニックは、4月から患者さんを番号で呼ぶようになった。

 

「なんだかすごくシステマチックですね。」

「はい、だいぶ変わりましたね。」

隣の人に話しかけられて、答えたものの、自分の歴の長さを暴露したようで、その先の言葉がうまく出ず、沈黙してしまった。

 

何回目の移殖ですか?

上のお子さんはいますか?

おいくつですか?

 

お隣さんに話しかけるには全てNGの言葉。そして、私が今一番気になること

 

いつまで不妊治療を続けますか?

 

これを自問自答し始めて長い。

 

約2年の不妊治療の後、35歳で1人目の子どもを妊娠、出産した。娘が3歳を迎えたころから、2人目の妊活を始めたが、こうのとりはこず、凍結保存をしていた受精卵の移殖を始めた。

 

移殖→10日後に結果発表→妊娠しなかった→次の移殖

 

のサイクルを7回繰り返し、まだ結果は出ていない。これまでにかかったお金も相当だ。長い時間待って秒単位で終わる診察や、もし妊娠したら…と期待した後の突然幕を落とされた感じ、気持ちを奮い立たせて次の周期に進むことも、慣れるものではない。

 

5回目に移植したときは妊娠し、強烈なつわりがやってきた。心拍も確認でき、頑張らないと、と思っていた矢先に流産した。救急外来から帰ると、苦しかったつわりがほとんど消えていた。夜中に夫と泣いた。その後胎盤遺残という、子宮に血流のある胎盤が残っているため「自然治癒もありえますが、いつ生命に関わる大量出血が起こるかわかりません」という症状になり、完治するまでの2ヶ月ほど、怯えながら過ごした。

 

気づけば41歳。今授かったとして、その子が10歳になった頃、私は52歳だ。今から0歳の赤ちゃんを産み育てるということ自体にも自信がなくなってきている。今は在宅パートをしているが、もう一度外で思い切り仕事をしたいという気持ちもある。

 

でも、私も夫も「自分には兄弟がいて楽しかった」という気持ちが拭えない。娘に兄弟を作ってあげたいと思う。家族が4人になったらもっと楽しいんじゃないかな?でもそれは親のエゴなのかもしれない。とまた悩む。

 

娘が生まれた頃、夫の仕事は忙しく、「小さい子の親」としての要領がなかなか掴めなかった。私も初めての育児は余裕がなく、我が家の子育て=奮闘だったのだが、奮闘を繰り返すことで家族ポイントが徐々に貯まっていき、この5年を経て、ようやく2人でスタートラインに立ったような気がしている。夫は、流産以来、私の身体が第一と言ってくれているが、本当は2人欲しいのが手に取るようにわかる。

 

不妊治療をやめた時期は?」「ひとりっ子のメリットデメリット」「40代からの妊娠出産」

 

この1年で、暇さえあれば、こんなキーワードで検索してきた。その結果わかったのは、「自分の気持ちが決まっていないことは、ネットの世界に答えはない」ということだった。そして私は情報を探すのをやめた。

 

ひとつ言えるのは、この悩みはとても贅沢な悩みだということ。これについて悩めることこそが、たくさんのことに恵まれている証である。そう、たくさんのことに感謝して生きなければ…とはいえ、どうしたら?

毎日毎日、うるさいほど自分に問いかける日々だった。

 

「ごめん、やっぱり東京だって。」

 

そんなとき、夫の転勤、単身赴任が決まった。

今後、夫が家にいる日が月に何日あるのだろう。これからの妊娠、出産、育児は、今までの想像よりもっと大変だろう。

 

乳腺炎になって熱が出て胸も痛い中、泣く子を抱っこし続けたこと。

外出先で背中までウンチが漏れて、こっちが泣きそうになったこと。

家の中さえ一瞬でも離れると泣くので、抱えたままトイレに行ったこと。

とにかく荒らされるので、3度の食事も座ることができなかった日々。

凍てつく公園で毎日2,3時間、遊ぶ子を見守ったこと。

保育所の一時預かりを利用しようとしたら「一ヶ月前に予約してください」と言われたこと。

一時預かりを利用したら、ギャン泣きされ、お迎えまで気が気でなかったこと。

一人の時間が欲しくて、日曜日に夫に子を預け、逃げるように近所のファーストフード店でしばらく過ごして帰ると、夕日をバックに子を抱いて、窓の外を見ている夫が見えたこと。

幼稚園の参観日に、初めて親と離れて歌を歌っているのを見て、溢れてくる涙を止めるのに必死になったこと。
ダンゴムシと土が大量に入った虫かごを、和室でひっくり返されたこと…。

 

とにかく子育ては、めんどくさい。私は効率を考える仕事が大好きだ。でも子育ては、めんどくさくて、未達成感が積み重なる仕事だ。

そんなことを、40代の今、もう1回繰り返すことができるのか?

 

今朝、ベランダに植えているトマトに水をあげようとした夫に、娘が自分もやりたいと泣いていた。夫はシャワーを止め、娘の頭を撫でて手渡す。毎日繰り返される面倒くさい光景の一つだった。

 

「もう1回くらい、いいかも。」

 

なぜか、心の奥の奥の方から、そんな声が聞こえた気がした。それは理屈ではわからない気持ちだった。ほんとに、めっちゃ、大変ってわかってるのに、なぜか笑っている自分がいた。

 

「もう少しだけ、不妊治療を続けようか」って伝えたときの夫の顔を想像し、少しだけドキドキしている。